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2026/6/16 火曜日 9:53 AM

1. 釧路湿原国立公園:北海道を代表する水辺のカヌー体験

北海道の広大な自然を象徴するアクティビティとして挙げられるのが、釧路湿原国立公園におけるカヌー体験である。釧路湿原は、日本国内で最初にラムサール条約に登録されたことでも知られる日本最大の湿原であり、国の特別天然記念物であるタンチョウをはじめ、数多くの貴重な動植物が生息する野生の宝庫だ。

この広大な湿原の中をゆったりと流れる釧路川をカヌーで下る体験は、日常の喧騒から完全に切り離された特別な時間を提供してくれる。カヌーの目線は水面に非常に近く、遮るもののない大空と、見渡す限りの緑に囲まれることで、北海道ならではの圧倒的なスケール感を肌で感じることができる。モーターを使わないカヌーは環境への負荷が比較的低く、静寂の中で水の流れる音や鳥のさえずりに耳を澄ますことができるため、環境配慮型のエコツーリズムとしても非常に高い評価を得ている。野生動物との遭遇率も高く、まさに北海道の自然の息吹を感じる最高のウォータースポーツである。

2. 上信越高原国立公園:ダイナミズムを体感する利根川ラフティング

本州におけるダイナミックなウォータースポーツの舞台として紹介されたのが、群馬県みなかみ町で行われている利根川のラフティングである。みなかみエリアは、周囲を険しい山々に囲まれた広大な「上信越高原国立公園」の東端に位置しており、関東地方の水瓶とも称される利根川の最上流部にあたる。

春には、周囲の山々から大量の雪解け水が流れ込むため、日本屈指の激流(ホワイトウォーター)が出現し、世界中のラフティング愛好家を魅了するスリリングなコースへと変貌する。一方で、夏から秋にかけては水量が落ち着き、周囲の美しい渓谷美を堪能しながら進むリバークルーズのような楽しみ方も可能になる。

ゼミでは、このエリアの地理的特徴や旧国名についても深く掘り下げられた。みなかみ町がある群馬県は旧国名で「上野国(上州)」、山を越えた北側の新潟県は「越後国(越後)」、そして西側に進むと「信濃国(信濃)」へと繋がる。これらの頭文字を組み合わせたのが「上信越高原国立公園」という名称であり、まさに三国の境界に位置する壮大な山岳地帯だ。利根川の最上流部での川下りは、山々の豊かな恵みと水のエネルギーをダイレクトに体感できる、本州を代表する興奮度満点のアクティビティである。

3. 足摺宇和海国立公園:四国が誇る清流の競演と四万十川・仁淀川の魅力

四国地方のセクションでは、日本屈指の清流として世界的な知名度を誇る「四万十川」と、近年その圧倒的な美しさから「仁淀ブルー」としてSNS等で一躍有名になった「仁淀川」でのカヤック・カヌー体験が取り上げられた。ゼミでの重要なポイントとして、どちらの河川が国立公園の域内に含まれるかという境界線の確認が行われた。結論として、国立公園に指定されているのは四万十川の下流および河口域であり、ここは「足摺宇和海国立公園」の一部を構成している。足摺宇和海国立公園は、高知県南西部の足摺岬から愛媛県南西部の宇和海沿岸にいたる海岸線を中心とした国立公園だが、四万十川のような豊かな河川環境もその一部に含まれている。

仁淀川自体は国立公園の指定からは外れているが、その美しさは一級品である。仁淀川の象徴的なスポットとして紹介されたのが、神秘的な青い水面を見せる「ニコ淵(にこぶち)」と呼ばれる滝壺だ。光の差し込み方によってエメラルドグリーンから深いブルーへと表情を変えるその水面は、訪れる人々を圧倒する。また、増水時に水面下に沈むように設計された、欄干のない「沈下橋」は四国の清流文化を象徴する景観であり、カヤックでその下をくぐり抜ける体験は四国旅のハイライトとなる。

4. 西海国立公園:九州の美しいリアス海岸・九十九島でのセーリング

九州のウォータースポーツの拠点として選ばれたのは、長崎県にある「西海(さいかい)国立公園」である。ゼミでは、文字起こしの過程で「つくも湾」という表現が出てきたが、これは長崎県佐世保市から平戸市にかけて広がる広大な溺れ谷、すなわち「九十九島(くじゅうくしま)」を指している。西海国立公園の最大の特徴は、極めて複雑に入り組んだ「リアス海岸」と、そこに浮かぶ大小200以上の島々が織りなす圧倒的な多島海景観にある。この波が穏やかで風光明媚な海域は、カヤックやヨットセーリングなどのマリンスポーツにとって、まさに天恵のフィールドとなっている。

入り組んだ湾内は外洋の荒波から守られているため、初心者でも安心してシーカヤックを楽しむことができる。島と島の間をすり抜けるように進むカヤックからは、豊かな海洋生態系や、長年の波食によって削られた奇岩を間近に観察することができる。また、夕暮れ時に大型のヨットでセーリングを行い、沈みゆく夕日が島々のシルエットを赤く染め上げる景色を眺めるツアーは、外国人観光客からも絶大な人気を誇っている。リアス海岸特有の地形を活かした、九州を代表する洗練された海洋体験エリアである。

5. 西表石垣国立公園:沖縄の亜熱帯ジャングルが育むマングローブカヌー

日本最南端のウォータースポーツの舞台として紹介されたのが、沖縄県八重山諸島に位置する「西表石垣(いりおもていしがき)国立公園」である。この国立公園は、石垣島や西表島、およびその周辺の透明度抜群のサンゴ礁海域を包括しており、日本国内でも唯一無二の亜熱帯特有の自然環境が保全されている。特に西表島は、島の大部分が亜熱帯の原生林に覆われており、日本最大規模のマングローブ林が形成されている。ここでの定番アクティビティが、マングローブの森をパドルを漕いで進むカヌーツアーだ。汽水域特有の静かな水面を進むと、独特な根の形をしたヤエヤマヒルギなどの植物が間近に迫り、まるでアマゾンのジャングルを冒険しているかのような感覚を味わえる。ゼミでも触れられた「マリュドゥの滝」など、ジャングルの奥地に佇む神秘的な滝を目指すトレッキングとカヌーを組み合わせたツアーも人気だ。

さらに、石垣島周辺の海域では、強烈な太陽光が海底の白い砂に反射して輝く「青の洞窟」でのシュノーケリングも体験できる。洞窟内部から外を振り返ったときに広がる、言葉を失うほどのコバルトブルーの世界は一見の価値がある。亜熱帯の森と豊かなサンゴの海を一挙に体験できる、最高峰のネイチャーフィールドである。

6. 日本の水辺の国立公園:新たな旅の価値観・無宗教型スピリチュアル「SBNR」

ゼミの中盤からは、特定の宗教への信仰の有無に関わらず、精神的な豊かさや自身の内面の平穏を求める旅行者層をターゲットにした「スピリチュアルな体験」へとテーマが移った。ここで講師から提示されたキーワードが、観光業界で近年非常に注目を集めている「SBNR」というアルファベット4文字の概念である。SBNRとは、「Spiritual But Not Religious」の略称であり、日本語では「無宗教型スピリチュアル」や「精神的ではあるが宗教的ではない層」と訳される。彼らは特定の教義や宗教組織には属さないものの、大自然との調和、マインドフルネス、瞑想、ヨガ、健康的な食事、そして環境問題や社会貢献に対して非常に強い関心を持っている。かつてのヒッピー文化を源流としつつも、現代のSBNR層は一定以上の経済的余裕を持ち、自身の心身の健康や自己探求のために積極的にお金を費やす傾向があるとされる。

日本には、古来より八百万の神々が自然万物に宿るという自然信仰(神道)の土壌があり、山や水辺そのものを神聖な空間として尊んできた歴史がある。そのため、日本の豊かな水辺の国立公園は、このSBNR層が求める「自然との深い繋がり」や「内面のリトリート(日常から離れた静寂での癒やし)」を提供する場所として、これ以上ない最適なポテンシャルを秘めている。

7. 支笏洞爺国立公園:圧倒的な透明度の中での瞑想と早朝SUP

SBNR層に向けた具体的な提案の1つ目として紹介されたのが、北海道の「支笏洞爺(しこつとうや)国立公園」に属する「支笏湖」での早朝SUP(スタンドアップパドルボード)体験である。ゼミでは、一般的な観光客に絶大な人気を誇る「洞爺湖」との比較がなされた。洞爺湖周辺には、活火山である有珠山や、大地の急激な隆起によって形成された溶岩ドームを持つ昭和新山があり、そのダイナミックな火山地質学的な見どころや温泉街が観光の主流となっている。一方、対をなす「支笏湖」は、観光地としての華やかさこそ控えめだが、日本屈指の水質と圧倒的な透明度を誇るカルデラ湖だ。周囲を深い森と恵庭岳などの美しい山々に囲まれたその環境は、まさにスピリチュアルな体験に最適である。

おすすめの体験プランは、まだ観光客が誰もいない風のない穏やかな早朝、鏡のように静まり返った湖面にSUPボードを浮かべることだ。信じられないほど透き通った水の上を進むと、まるで空中を浮遊しているかのような錯覚を覚える。ボードの上で静かに座り、五感を研ぎ澄まして瞑想(マインドフルネス)を行うことで、湖が持つ圧倒的な水のエネルギーと自分自身が一体になるような、深いリラクゼーションを得ることができる。新千歳空港から車で約30〜40分というアクセスの良さも、この奇跡的な静寂を体験する上での大きな魅力である。

8. 十和田八幡平国立公園:天然のヒーリングスポット・奥入瀬渓流でのリトリート

2つ目のSBNR向け提案は、青森県と秋田県、岩手県にまたがる「十和田八幡平(とわだはちまんたい)国立公園」の象徴である「奥入瀬(おいらせ)渓流」での森林浴とリトリートである。奥入瀬渓流は、十和田湖の子ノ口(ねのくち)から流れ出る唯一の河川であり、約14キロメートルにわたって続く豊かなブナの原生林と、無数に点在する美しい滝や清流が織りなす、日本を代表する景勝地だ。この場所は、足を踏み入れた瞬間に空気の密度が変わるのを感じられるほどの、天然のヒーリングスポットとして知られている。渓流沿いには遊歩道が整備されており、清らかな水の流れる音、岩や樹木をびっしりと覆う青々とした苔、そして木漏れ日が作り出す美しいコントラストの中を、五感を開放して歩くことができる。

特にSBNR層に対しては、単に景色を眺めて歩くだけでなく、ブナの巨木に触れてその生命力を感じたり、渓流のすぐそばで立ち止まって深呼吸を行い、マイナスイオンを体内に取り込んだりする「森林浴プログラム」が効果的だ。視覚・聴覚・触覚のすべてが日本の原始的な自然によって満たされることで、日々のストレスによって疲弊した現代人の精神を芯から洗い流し、内面的な自己回復を促すことができる極上のリトリート空間である。

9. 霧島錦江湾国立公園:火山のエネルギーと共鳴する大波の池での瞑想

3つ目のスピリチュアルな提案として舞台を大きく南へと移し、九州の鹿児島県と宮崎県にまたがる「霧島錦江湾(きりしまきんこうわん)国立公園」の「大浪池(おおなみのいけ)」が挙げられた。霧島連山は、現在も活発な火山活動を続ける日本有数の火山帯であり、古事記や日本書紀における「天孫降臨」の神話の舞台としても知られる、極めて精神性の高いエリアである。その中にある大波の池は、標高1,411メートルの高所に位置する、日本で最も高い場所にある火口湖である。周囲を切り立った外輪山に囲まれており、登山口から豊かな自然林の中をトレッキングで登り詰めた者だけが、その神秘的な姿を拝むことができる。

大浪池の水面は、天候や光の条件によって「コバルトブルー」や「サファイアブルー」と形容される、吸い込まれそうなほど深く美しい青色を湛えている。この圧倒的な火山のエネルギーを感じられる地平において、湖面を見下ろしながら行うヨガや瞑想は、他では味わえない特別なものとなる。さらに近年では、水晶で作られた楽器である「クリスタルボウル」の音色を響かせ、その特有の振動と大自然の静寂を共鳴させる音響ヒーリング(サウンドバス)なども行われており、内面への深いアプローチを求める旅行者に究極の精神的充足感をもたらしている。

10. 足摺宇和海国立公園:国立公園の魅力再発見・隠れた名所である柏島

ゼミの締めくくりとして、四国の「足摺宇和海国立公園」におけるさらなるスピリチュアル・ネイチャー名所として、高知県の最南西端に位置する「柏島(かしわじま)」が紹介された。柏島は、周囲約4キロメートルの非常に小さな島だが、豊後水道と黒潮がぶつかる海域に位置しているため、日本国内で見られる魚類の約3分の1が生息していると言われるほど、驚異的な生物多様性を誇る海域である。ゼミでは、過去に試験問題として出題された際のエピソードが披露され、その意外な出題に驚きつつも、そのポテンシャルの高さが改めて強調された。柏島の最大の特徴は、船がまるで宙に浮いているかのように見えるほどの、世界屈指の抜群の海の透明度だ。

このコバルトブルーに輝く美しい海では、グラスボートでの海底観察、シュノーケリング、そして世界中からダイバーが集まるダイビング体験が楽しめる。また、周辺海域には野生のイルカが定住しており、運が良ければ船の上や沿岸からイルカたちの優雅な泳ぎを観察することができる。イルカとの遭遇や、吸い込まれそうなほど透明な海の世界に身を浸すことは、人間が本来持っている野生の感覚を呼び覚まし、深い癒やしと感動をもたらす。日本の国立公園が持つ、まだ広く知られていない奥深い魅力を象徴する極上のディスティネーションである。

11. しまなみ海道と風のメカニズム:サイクリングの基本鉄則

しまなみ海道を自転車で走る際、出発地を本州側の「尾道」にするか、四国側の「今治」にするかは、旅の快適性を左右する極めて重要な分岐点である。その選択の決定的な要因となるのが、季節ごとに変化する「風向」だ。自転車走行においては向かい風を避け、追い風を味方に付けることが鉄則となる。日本の気候特性として、初夏にあたる6月から夏場にかけては、太平洋高気圧の影響により南から北(正確には南西から北東方向)へ向かって吹く「南風」が卓越する。そのため、この時期に快適なサイクリングを楽しむためには、南側に位置する四国の今治をスタート地点とし、北の本州・尾道へ向かって北上するルートを選択するのが自然な判断である。逆に、秋冬の季節にはシベリア高気圧の発達によって寒冷な「北風」が強く吹くため、本州の尾道から四国の今治へと南下するルートが推奨される。この風のメカニズムを正しく理解し、季節に応じた進行方向を設定することは、ツアーの催行やガイド業務、旅行企画において顧客の満足度を高めるための必須知識である。

12. 瀬戸内海の島々と県境:大三島と生口島の地理的境界

尾道と今治の間には、芸予諸島と呼ばれる美しい島々が連なっている。具体的には、本州側から向島(むかいしま)、因島(いんのしま)、生口島(いくちじま)、大三島(おおみしま)、伯方島(はかたじま)、大島(おおしま)などが位置しており、これらを繋ぐルートが「しまなみ海道」として整備されている。地理的な境界線は、広島県尾道市に属する「生口島」と、愛媛県今治市に属する「大三島」の間に引かれている。この2つの島は「多々羅大橋(たたらおおはし)」という美しい斜張橋で結ばれており、橋の上がまさに県境(本州側領土と四国側領土の境界)となっている。瀬戸内海の主要な島々の名称や並び順、そしてどの島がどの都道府県に属しているかという知識を立体的に把握しておきたい。

13. 瀬戸内柑橘文化論:地域に深く根ざす「酸っぱいもの」の系譜

瀬戸内海地域およびその周辺の都道府県は、日本屈指の柑橘類の一大生産地を形成している。島々の傾斜地や海岸沿いの崖地は、日当たりと水はけが非常に良く、米や一般的な野菜の栽培には適さない一方で、柑橘類の栽培には最高の条件を備えているためである。一口に柑橘類と言っても、地域ごとに明確な特産品の違いが存在する。広島県の生口島(瀬戸田)は「瀬戸内レモン」の産地として全国的に有名であり、広島県民の冷蔵庫には必ずといっていいほどレモン果汁が常備されているとも言われる。一方、四国側に目を向けると、同じシトラス系であっても香川・徳島・愛媛で分布が異なる。日本全体の約8割のシェアを誇る「すだち」は徳島県の特産であり、それに対して「かぼす」は大分県の特産として確固たる地位を築いている。また、温州みかんの生産量においては、和歌山県、愛媛県、静岡県が全国のトップ3を占めており、これらは年によって順位が変動するものの、瀬戸内・太平洋側の温暖な気候の象徴となっている。

14. 瀬戸内の食文化と風土:刺身に柑橘を添える歴史的背景

瀬戸内海沿岸や九州の一部地域(大分など)には、新鮮な魚介類、特に「刺身」を食べる際に、醤油だけでなくレモンやすだち、かぼすといった地元の柑橘類をスライスして添えたり、果汁を直接回しかけたりして食す独特の食文化が定着している。この「刺身に酸っぱいものをかける」という食習慣は、単なる味の好みではなく、地域の農業生産と深く結びついた歴史的背景に由来する。前述の通り、瀬戸内沿岸の傾斜地では大量の柑橘類が栽培されており、日常生活の中でこれらが豊富に、かつ余るほど手に入る環境があった。そのため、豊富にある地元の食材を有効活用し、料理の風味を引き立てる工夫として自然に食卓へ取り入れられたと考えられている。ガイドとして現地の飲食店を案内する際、このような食にまつわる地域固有の癖や背景を説明することは、食文化の多様性を伝える優れたアプローチである。

15. 生口島の文化的魅力:平山郁夫美術館とシルクロードの精神

しまなみ海道の広島県側に位置する生口島(旧瀬戸田町)は、単なる自然景観の島ではなく、高い芸術・文化的価値を持つ拠点でもある。その代表格と言えるのが、日本画の巨匠として知られる平山郁夫(ひらやまいくお)の生誕地に建てられた「平山郁夫美術館」である。平山郁夫は、自身が被爆した経験などから世界の平和を強く希求し、仏教の伝来や東洋文化の源流をたどる「シルクロード」をテーマにした壮大な日本画を数多く描いたことで世界的に知られている。また、彼の作品には、自身の原風景である「瀬戸内のふるさとの海や島々」を描いた美しい風景画も多数存在する。生口島からは、島と大三島を結ぶ美しい「多々羅大橋」などを望むことができ、彼がインスピレーションを受けた瀬戸内の多島美を五感で追体験することが可能だ。一般の外国人観光客には少しハイコンテクストな施設であるが、日本の伝統的な絵画技法やオリエンタリズム、平和への思想を深く紹介する上では非常に重要なスポットである。

16. 瀬戸田の異色建築:耕三寺が放つ熱量と日光東照宮のオマージュ

生口島には、もう一つ観光客を驚かせる異色の名刹が存在する。それが「耕三寺(こうさんじ)」である。この寺院は、大大阪時代に大阪で鋼管製造業を営み名声を馳せた地元出身の実業家(耕三寺耕三)が、不帰の客となった最愛の母親への報恩感謝の意を込めて、私財を投じて建立した浄土真宗本願寺派の寺院である。耕三寺の最大の特徴は、境内に配置された建造物の多くが、日本各地の有名な国宝建造物を模して造られている点にある。例えば、絢爛豪華な色彩で知られる「日光東照宮の陽明門」を精巧に模した「孝養門」や、奈良・法隆寺の夢殿を模した「八角円堂」、さらには室生寺の五重塔を模した五重塔など、日本の名建築のエッセンスが1つの境内に「てんこ盛り」で凝縮されている。また、境内には法隆寺の秘仏・救世観音像を原型として、10倍の大きさ(全高15m)で造立された「救世観音大乗菩薩像」が聳え立っている。その圧倒的な熱量と独特な世界観は、しまなみ海道を旅するサイクリストや観光客にとって見逃せない定番スポットとなっており、民衆の信仰心と実業家の情熱が結びついた近代日本の縮図として極めて興味深い建築群である。

17. 大三島と大山祇神社:海の武士たちが求めた国宝の島

しまなみ海道の愛媛県側に位置する「大三島」には、伊予国の一宮(地域で最も社格の高い神社)である「大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)」が鎮座している。この神社は、古くから「山の神・海の神・戦いの神」として朝廷や武将たちから篤い崇敬を集めてきた。鳥居をくぐると、境内の中央には樹齢約2600年とされる荘厳な大楠(クスノキ)の御神木が鎮座し、訪れる者を神秘的な空気で迎えてくれる。大山祇神社は、文化財の観点から「国宝の島」とも称される。併設された宝物館(紫陽殿・国宝館)には、甲冑に限れば全国の国宝・重文の約8割が集中して収蔵されており、鎧兜の国宝だけでも複数点が存在する。これほど多くの第一級の武具が奉納された理由は、瀬戸内海を舞台に活躍した「村上海賊(村上水軍)」をはじめとする海の武士たちや、源氏・平氏の武将たちの信仰にある。一分一秒が命がけであり、航海に出たら無事に戻れるか分からない海の男たちは、出陣前に勝利を祈り、生還した際には最高の褒美や家宝を神に捧げた。この命がけのビジネスと信仰の結びつきが、世界的な一級品を現代に残す背景となっている。

18. 海の男たちの信仰比較:大山祇、金刀比羅、そして厳島へ

日本における「海の男たち(水軍、海賊、船乗り、漁師)」の信仰の拠点は、地理的な条件や時代背景に応じていくつかの重要な結界(聖地)に分かれており、これらを比較して理解することは通訳案内士の知識として不可欠である。愛媛領の大三島における「大山祇神社」が武力と航海安全を司る一大拠点であったのに対し、東側の香川県(讃岐国)には、象頭(ぞうづ)山に鎮座する「金刀比羅宮(ことひらぐう・こんぴらさん)」が存在する。金毘羅信仰は、江戸時代に海上交通の守護神として全国の船乗りたちに熱狂的に信仰され、民衆の「一生に一度の参拝」の対象となった。さらに西側の広島県(安芸国)に目を向けると、宮島に鎮座する世界遺産「厳島神社(いつくしまじんじゃ)」がある。厳島神社が祀る「市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)」をはじめとする宗像三女神は、まさに海の神そのものであり、平清盛率いる平氏一門が海上交易の覇権を握るために社殿を整備した。このように、瀬戸内海はそれぞれの地域に強力な海の聖地を配することで、海上の安全と経済活動を支えてきた歴史を持っている。

19. 草間彌生と直島:コンテンポラリーアートによる地域再生の奇跡

瀬戸内海の東部に位置する「直島(なおしま)」は、今や世界中のアートコレクターや旅行者が憧れる「現代アートの聖地」として、インバウンド市場で圧倒的な知名度を誇っている。この島を象徴するアイコンとなっているのが、世界的芸術家・草間彌生(くさまやよい)が手がけた、海に突き出た桟橋に佇む「黄色の南瓜」や港の「赤色の南瓜」である。草間彌生は、1960年代から70年代にかけてアメリカ・ニューヨークのアートシーンでオノ・ヨーコらと並び、世界に最も強烈な影響を与えた前衛芸術家の一人だ。彼女は幼少期からの幻覚や心の病(メンタルヘルス)の苦しみを克服・反転させるために、同じドット(水玉模様)や網目を無限に繰り返すという特異な技法を生み出した。初期の日本ではその過激な作風から異端視されることもあったが、故郷の長野県松本市(松本市美術館に作品が多数収蔵)をはじめ、国内外で現在も極めて高い評価を受けている。直島は、ベネッセコーポレーションが主導し、安藤忠雄設計の「地中美術館」などの現代建築と草間作品を融合させ、過疎化に悩む島を世界的な観光地へと蘇らせた地方創生の奇跡のモデルケースである。

20. 下北半島のジオ・ダークツーリズム:国定公園の魅力と誘客対策

視点を東日本へと移し、青森県の「下北半島(しもきたはんとう)」に焦点を当てる。この地域は地理的にアクセスが困難な秘境であり、インバウンドの訪日外国人(特に富裕層や法人客)の誘致において、大きなポテンシャルを秘めながらも未開拓なエリアである。下北半島の大半は「国立公園」ではなく「国定公園(下北半島国定公園)」に指定されている。この両者の最大の違いは「管理の主体と予算の出処」にあり、国(環境省)が直接管理し予算を投じる国立公園に対し、国定公園は国が指定しつつも管理や予算負担の主軸が都道府県(青森県など)に委ねられるため、財政的に厳しい自治体ではプロモーションやインフラ整備が後手に回りがちという構造的課題がある。

しかし、下北半島には火山活動や激しい地殻変動がもたらした「仏ヶ浦(ほとけがうら)」の巨岩群や、強酸性の宇曽利山湖を擁する「恐山(おそれざん)」など、唯一無二のジオ(地球科学)的資源が存在する。古来、人々はこの奇異な景観を「あの世(黄泉の国や極楽浄土)」に見立てて信仰してきた。ここへ富裕層を呼び込むための具体策としては、単なる風景美ではなく信仰の歴史を紐解く「ジオ・ダークツーリズム」のストーリーテリング、青森港からラグジュアリーなチャータークルーズを運行して船内で大間のマグロや陸奥湾のホタテを提供する「ガストロノミーツーリズム」、そして夜間の仏ヶ浦をライトアップして星空の下で瞑想を行う「ナイト・ジオ・マインドフルネス」の実施などが挙げられる。地元の湯野川温泉などへの宿泊とセットにすることで、地域へ大きな経済効果を波及させることが可能である。

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