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2026/3/13 金曜日 2:28 PM

① 京都の「A面」と「B面」という考え方

ゼミは、京都の文化や歴史を理解するための独自の概念として「A面」と「B面」という二つの側面が提示されている。これは高田の造語であり、京都という都市が持つ二重構造を説明するための視点である。
まず「A面」とは、普遍的・国際的な文明の側面を指す。特に中国文明の影響を強く受けた文化や制度がこのA面に含まれる。具体的には、都市計画、国家仏教、宮廷文化など、政治権力や制度によって形作られた人工的な文化が該当する。京都御所を中心とする王権の世界、仏教の体系的思想、国家のための宗教などがその例である。

一方、「B面」はそれとは対照的な存在であり、土着的・自然的な文化を意味する。中国文明が伝来する以前から日本列島に存在していた精神文化、つまり多神教的なアニミズムや地域に根ざした信仰などがここに含まれる。京都の中でも嵯峨野、大原、比叡山麓など、都市中心部から離れた地域にこうした文化が色濃く残っているとされる。

宗教で言えば、禅や密教など中国由来の体系化された仏教はA面に分類される。一方、日本で独自に発展した宗派である浄土真宗や日蓮宗などはB面的要素を持つと説明される。

このように京都には、国際的文明としての「表の顔」と、日本的・土着的精神文化としての「裏の顔」が共存している。ゼミではまずA面の説明を中心に進め、次回以降でB面を詳しく扱うとされている。


 

② 京都御所と都市の中心構造

京都のA面を象徴する最も重要な場所が京都御所である。京都御所は観光地としては必ずしも派手ではないが、京都の中心の中の中心とも言える存在である。広大な敷地を持つ長方形の空間で、都市構造の象徴的な中心となっている。

この構造は中国の都市思想に由来している。古代中国では「大地は四角形である」と考えられており、それに基づいて都市も四角形に設計された。城壁で囲まれた都市を「都城」と呼び、その中心付近に皇帝の宮殿を配置する。京都も同様に、この中国の都市モデルを模倣して設計された。

京都御所が置かれた場所は、政治権力を象徴する中心であり、天皇の権威を表す装置でもあった。都市は王権を中心に構成され、そこから行政・宗教・文化が広がる構造になっていた。つまり、都市の空間そのものが政治思想を反映した設計になっているのである。

また、この中心性は「A面的」な特徴と深く関係している。A面とは人工的で秩序ある文明の側面であり、都市計画や権力構造はその典型例である。対照的に、B面は中心から離れた周縁に位置する。嵯峨野や大原などの地域が例として挙げられ、そこには古い信仰や自然との関係が残っている。

つまり京都という都市は、中心部の秩序化された文明空間と、その外側に広がる自然的・土着的空間という二重構造によって成り立っているのである。


 

③ 京都府の地理と山陰文化圏

京都を理解するためには、京都市だけでなく京都府全体の地理的構造も重要である。現在の京都府は、古代の三つの国から構成されている。山城国、丹波国、丹後国の三つである。

このうち京都市があるのは山城国で、府の南部に位置する。中部には丹波国、北部の日本海側には丹後国が広がっている。面積で見ると、京都府の大部分は丹波と丹後が占めており、実に約7割を占めるとされる。つまり、一般的にイメージされる「京都」とは山城地域にすぎず、府全体で見ると山陰文化圏の要素が強い地域でもある。

特に丹波・丹後は古代の交通路である「山陰道」に属しており、文化的にも山陰地方とつながっている。山陰地方の視点から見ると、京都府はむしろ山陰の延長線上にあると考えられるという。

この視点から見ると、嵯峨野は非常に象徴的な場所になる。嵯峨野を越えるとすぐ丹波地域に入り、そこから先は山陰文化圏に連なっていく。つまり嵯峨野は、畿内文化と山陰文化の境界に位置する地域とも言える。

このように京都は、中央政治文化の中心である一方で、周辺地域には別の文化圏が広がっている。A面としての中央文明と、B面としての地域文化の境界が、地理的にも存在しているのである。


 

④ 平安京の都市設計と中国文明

京都のA面的特徴を最も象徴するものが、平安京の都市設計である。平安京は唐の都である長安や洛陽をモデルにして作られた計画都市であり、碁盤の目のような整然とした街区構造を持つ。

都市の北側中央には平安宮が置かれ、そこから南に向かって朱雀大路という大通りが伸びていた。この大路は現在の堀川通に近い位置にあり、都市を左右に分ける軸となっていた。天皇が南向きに座ることを前提として、左側が左京、右側が右京と呼ばれる。

この都市設計は、単なる交通計画ではなく、中国の宇宙観や政治思想を反映したものだった。皇帝は天と地を結ぶ中心に位置する存在とされ、その宮殿を都市の北中央に置くことで秩序ある宇宙を象徴していた。

また、京都を表す言葉として「洛中」「洛外」という概念も生まれた。これは唐の都・洛陽に由来する言葉であり、都の中心を洛中、その外側を洛外と呼ぶ。京都へ行くことを「上洛」と言うのも、この中国文化の影響によるものである。

つまり京都の都市そのものが、中国文明を取り入れた国際都市として設計されていた。都市空間自体がA面的な文明の象徴なのである。


 

⑤ 国家仏教と密教思想

京都のA面を語る上で欠かせないのが、国家と宗教の関係である。平安時代の京都では、仏教が国家を守るための宗教として重要な役割を果たしていた。これを国家仏教という。

その代表的な寺院が東寺である。東寺は正式には「教王護国寺」と呼ばれ、国家を守護する仏教寺院として設立された。ここで重要な役割を果たしたのが僧・空海である。空海は唐の都・長安で密教を学び、日本へ持ち帰った人物である。

密教では宇宙の構造を象徴的に表現する思想が発達している。例えば五重塔は、宇宙を構成する五つの要素を象徴している。地・水・火・風・空という五大要素が下から順に積み重なり、世界の構造を示している。

また、曼荼羅という図像も重要である。曼荼羅では中央に大日如来が置かれ、その周囲に多くの仏が配置される。これは宇宙の中心から世界が広がる構造を示している。東寺にはこれを立体的に表現した「立体曼荼羅」があり、仏教哲学を空間として表現したものとなっている。

このように京都では、宗教、政治、哲学が一体となった高度な文明が形成された。国家の秩序を支える宗教思想としての仏教こそ、京都のA面的文化を象徴する存在なのである。

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老荘に一番近い国、佐賀

1. 超文系青年と老荘思想―善悪の相対性という価値観

講義の冒頭では、講師自身が「超文系青年」であったという経験から話が始まる。ここで言う「超文系」とは、単に文学や歴史が得意という意味ではなく、むしろ数学が苦手で理系科目ができない人を指す皮肉的な表現として語られている。現実には「文系が存在する」というより、「数学が苦手な人が文系と呼ばれている」という見方もできるという指摘である。

講師は学生時代、数学は苦手であったが、漢文の授業では比較的良い成績を収めていたという。その理由の一つは、多くの学生が漢文をあまり真剣に学ばないため、努力すれば上位に入れる科目だったからである。そしてその漢文の中で特に強い影響を受けたのが、孔子や孟子の儒家思想ではなく、老子や荘子による思想、すなわち老荘思想であった。

老荘思想の特徴は、一般的な価値観を逆転させて考える点にある。たとえば「善いこと」と「悪いこと」は完全に対立するものではなく、互いに依存する関係にあると考える。善が存在するのは悪があるからであり、悪があるからこそ善という概念も成立する。つまり善悪は絶対的なものではなく、相対的な関係にあるというのである。

講義では、人はしばしば「物差し」で物事を測るように他人や社会を評価すると説明された。しかしその基準自体は絶対的ではなく、立場や状況によって変化する。ある尺度では優れているとされるものが、別の尺度ではそうではないこともあり得る。このような考え方は、社会の評価や常識を絶対視することへの疑問を投げかけるものである。

老荘思想は、固定的な価値観から自由になり、多様な視点で世界を見ることを促す思想であり、若い講師にとって非常に魅力的な考え方であった。


 

2. 無用の用―役に立たないものの価値

老荘思想には「無用の用」という重要な考え方がある。これは一見すると役に立たないものが、実は大きな価値を持っている場合があるという思想である。講義では「人材を持て余す」という例を用いて、この考え方が説明された。

たとえば非常に優秀な能力を持つ人がいても、その能力を活かせる環境がなければ、雑用ばかり任されてしまうことがある。その場合、周囲からは「役に立たない人」のように見えるかもしれない。しかしそれは能力がないのではなく、単に能力を発揮する機会がないだけである。

この思想を象徴する例として、青森県と秋田県にまたがる白神山地の話が紹介された。白神山地は現在では世界自然遺産として知られる貴重なブナの原生林であるが、かつては木材としての価値が低いと考えられていたため、大規模な伐採が行われなかった。その結果として自然がそのまま残り、現在では世界的に価値のある自然環境として高く評価されている。

つまり、当初は「役に立たない」と思われていたものが、時間の経過とともに大きな価値を持つことがあるのである。このような考え方は、効率や即時的な利益を重視する現代社会とは対照的であり、物事を長期的な視点で評価することの重要性を示している。

老荘思想は、価値を短期的な有用性だけで判断するのではなく、より広い視野で物事を見ることを教えているのである。


 

3. 荘子の寓話と自由に生きる思想

荘子の思想は、寓話や比喩によって分かりやすく表現されることが多い。講義ではその例として「カマキリの斧」の話が紹介された。この物語では、小さなカマキリが自分よりはるかに大きな車に立ち向かう姿が描かれている。

普通に考えればこれは無謀な行動であり、愚かな挑戦のようにも見える。しかし荘子の思想では、この行動は勇気の象徴として評価される。勝つ可能性がほとんどないと分かっていても、自分の信念に従って行動する姿勢そのものに価値があると考えられるのである。

また荘子には、人間社会の争いを相対化する寓話もある。たとえば「カタツムリの角の上の戦い」という話では、非常に小さな場所で国家同士が争っている様子が描かれる。これは宇宙的な視点から見れば、人間の争いがいかに小さなものであるかを示す寓話である。

さらに荘子の思想を象徴する有名な話が「胡蝶の夢」である。荘子は夢の中で蝶になって自由に空を飛び回るが、目覚めた後で「自分が人間で蝶の夢を見ていたのか、それとも蝶が人間の夢を見ているのか」と考える。この寓話は、現実と夢の境界が絶対的なものではないことを示している。

このような考え方は、人生の悩みや苦しみを相対化し、もっと自由で自然な生き方をすることを勧めるものである。老荘思想は、社会の評価や競争に縛られるのではなく、自分のペースでのびのびと生きることの大切さを教えているのである。

 

 

⑥ 世界遺産を観光資源にしないという価値観

近年、世界遺産は観光資源として活用されることが多く、地域の経済活性化の手段として注目されている。多くの地域では、世界遺産に登録されることで観光客を呼び込み、地域の経済を潤すことを期待している。しかし講義で紹介された事例では、このような現代の風潮とは異なる考え方が示されていた。そこでは世界遺産を観光のための資源として積極的に利用するのではなく、その場所が歴史の中で果たしてきた役割や、そこに関わった先祖たちの誇りを大切にしようとする姿勢が重視されている。

つまり、その価値を理解してくれる人だけに理解してもらえればよいという考え方である。観光客を大量に呼び込んで派手に宣伝するのではなく、静かにその価値を守り続けていこうとする姿勢が見られる。この考え方は、近年の観光開発とは対照的である。観光地化によって多くの人が訪れることは地域の利益につながる一方で、本来の文化的価値が失われる可能性もある。そのため、無理に広く知られようとするのではなく、理解してくれる人にだけ伝わればよいという姿勢は、文化遺産を守るうえで一つの重要な考え方であると言える。

また、このような姿勢は、老荘思想の価値観とも共通する部分がある。老荘思想では、目立つことや競争することよりも、自然な形で物事を長く続けることが重要視される。派手に注目を集めるのではなく、細く長く伝えていくことが文化の継承につながるという考え方である。このように、世界遺産の扱い方一つをとっても、現代社会の価値観とは異なる文化的な視点が存在していることが分かる。


 

⑦ 佐賀における陶磁器文化と器へのこだわり

佐賀県は日本の磁器の発祥地として知られており、特に有田焼は日本を代表する陶磁器文化の一つである。そのため、佐賀の人々は器に対して強いこだわりを持っている。講義では、その象徴的な例として、一般的な大衆食堂であっても日常的に染付の磁器が使われているという話が紹介された。染付とは、白地の磁器に青い模様を描いた伝統的な陶磁器であり、日本では古くから親しまれてきた。

さらに興味深いのは、器の模様によって客の扱いが変わるという文化である。例えば、皿に描かれている唐子(からこ)という子どもの絵の数によって、客の格が示されることがある。唐子が七人描かれている器は特別な客、つまりVIPのために使われる。一方、五人の唐子が描かれた器はやや重要な客向けであり、一般の客には三人の唐子の器が使われるという。このように、器の図柄によって客の格を表すという習慣は、陶磁器文化が日常生活の中に深く根付いていることを示している。

また、有田町では学校給食でも有田焼の器が使われているという例も紹介された。これは単なる食器ではなく、地域の伝統文化を日常の生活の中で体験させる教育的な意味も持っていると考えられる。つまり、佐賀では陶磁器は単なる工芸品ではなく、地域の誇りや文化そのものとして位置づけられているのである。このような文化的背景があるからこそ、佐賀の人々は器に対して強いこだわりを持ち続けているのである。


 

⑧ 県立美術館に表れる佐賀の誇り

通常、県立美術館というものは、その県の文化や芸術を中心に展示することが多い。県の税金によって運営されているため、他県の文化を大きく取り上げることはあまり一般的ではない。もし他県の作品ばかり展示してしまえば、「なぜ自分たちの税金で他県を宣伝するのか」という批判が出る可能性もあるからである。しかし佐賀県の美術館では、九州各地の陶磁器が展示されている。つまり、佐賀県以外の地域で作られた陶磁器も展示されているのである。

一見するとこれは不思議なことのように思えるが、そこには佐賀の人々の強い誇りが表れている。佐賀は日本の磁器発祥の地であり、九州の陶磁器文化の中心的な存在であるという自負がある。そのため、自分たちが中心となって九州全体の陶磁器文化を紹介することは自然なことだと考えられているのである。言い換えれば、佐賀は「九州の陶磁器文化の本家」であり、他の地域の陶磁器文化もまとめて紹介する立場にあるという意識がある。

このような展示の仕方からは、佐賀の人々が持つ文化的な自信や誇りを感じ取ることができる。単に自分たちの地域の作品だけを紹介するのではなく、九州全体の陶磁器文化を代表する存在としての意識があるのである。この姿勢は、文化の中心地としての責任感とも言えるだろう。つまり、県立美術館の展示方法そのものが、佐賀の歴史的な役割と文化的な誇りを象徴しているのである。


 

⑨ 機械文明への警鐘と人間の思考

講義では、人間と機械の関係についての興味深い指摘もあった。人間はできるだけ楽をしようとする傾向があるが、その結果として思考力を失ってしまう可能性があるというのである。便利な機械を使い続けているうちに、人間が機械を使うのではなく、逆に機械に使われるようになってしまうという指摘である。

この考え方は、現代社会において非常に重要な意味を持っている。例えばスマートフォンやコンピューターなどの技術は生活を便利にしてくれるが、それに依存しすぎると自分で考える力が弱くなる可能性がある。人間は本来、自分の頭で考え、工夫しながら問題を解決していく存在である。しかし便利な道具に頼りすぎると、その能力が衰えてしまうかもしれない。

そのため、講義では必要最低限の工業化にとどめるという考え方が紹介されていた。すべてを機械に任せるのではなく、人間の手や知恵を活かす余地を残しておくことが大切だということである。この考え方は、効率や便利さを追求する現代社会に対する一つの警鐘とも言える。便利さを追求すること自体は悪いことではないが、それによって人間らしさが失われてしまっては意味がない。機械と人間の関係をどのように保つかという問題は、今後ますます重要になるテーマであると言えるだろう。


 

 

⑩ 繰り返しによって身につく匠の技

最後に紹介されたのは、熟練した技術がどのようにして身につくのかという話である。これは中国の古典『荘子』に登場する「庖丁(ほうちょう)」という料理人の話に由来する。庖丁は非常に優れた料理人であり、牛を解体する際に驚くほど滑らかな動きで包丁を使いこなす。その技術を見た王が、どうすればそのような技を身につけられるのかと尋ねたところ、庖丁は「何度も何度も繰り返し練習することで、無意識のうちにできるようになる」と答えたという。

つまり、本当の技術とは、意識して努力している段階を超え、自然に体が動くようになることで初めて完成するのである。これは料理の技術だけでなく、あらゆる技能に共通する原理である。語学の学習やスポーツ、芸術など、どの分野においても繰り返しの練習が重要である。

また、技術が本当に身についているかどうかを判断する一つの基準として、「肩に力が入っているかどうか」が挙げられている。初心者は動作に力が入りすぎてしまうが、熟練者は無駄な力を使わず、自然な動きで作業を行うことができる。つまり、力まずに自然にできる状態こそが、真の熟練を示しているのである。この考え方は、老荘思想における「無為自然」の思想とも深く関係している。努力を重ねた結果として、最終的には自然な状態で技が発揮されるという境地こそが、匠の技の本質なのである。

 

まとめ 人間社会の評価と老荘思想の視点

講義の中では、人間社会が持つ評価の基準や競争の仕組みについても触れられている。人はしばしば他人や物事を一定の尺度で測ろうとする。学校であれば成績、社会であれば地位や収入などがその代表例である。しかし老荘思想の視点から見ると、そのような基準は決して絶対的なものではない。ある基準では優れているとされる人も、別の基準ではそうではない場合があり、価値判断は常に相対的なものである。

この考え方は、人間社会の争いや競争を相対化する視点にもつながる。荘子の寓話には、人間の争いを小さなものとして描く話が多く見られる。例えば「カタツムリの角の上の戦い」という話では、非常に小さな場所で国家同士が戦争をしている様子が描かれている。これは宇宙的な視点から見ると、人間の争いがいかに小さく、取るに足らないものであるかを示す寓話である。

また荘子の思想は、結果よりも行動の精神や姿勢を重視する点にも特徴がある。成功するかどうかよりも、自分の信念に従って行動することそのものが価値を持つと考える。この考え方は、社会的な成功や勝敗を重視する一般的な価値観とは大きく異なる。

さらに、老荘思想には人生をより自由に生きるための示唆も含まれている。現実の世界で起こる出来事を絶対的なものとして捉えるのではなく、広い視野から相対的に見ることで、人は過度に悩んだり苦しんだりせずに生きることができる。社会の評価や常識に縛られすぎるのではなく、自分のペースで自然体のまま生きることが大切だというメッセージがそこには込められている。

このように老荘思想は、人間社会の価値観を見直し、より柔軟で自由な生き方を考えるための視点を提供する思想なのである。

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